東京都受動喫煙防止条例成立に寄せて

とうとう東京都の受動喫煙防止条例が都議会本会議で可決してしまった。

例え自ら煙草を忌み嫌う者であったとしてもだ、このような横暴な条例を良しとしてしまう事が、苟も議会制民主主義を履行する立場である議員達の所業だとは恐れ入った。

喫煙に関する事だけではない。理想の社会を作り上げようとする試みは、須く、その社会を構成する全ての人々の理想によって、行われなければならない。

私達喫煙者の多くは、煙草の煙を嫌う人々の権利を侵害するつもりは毛頭ない。同じ社会に、共存する事が出来ると考えている。しかし、どうやら非喫煙者の中でも喫煙文化を地球上から抹消しようとしている人達は、喫煙者と共存する事が不可能だと考えているようだ。

なぜなら、煙草は有毒であり、喫煙者本人ばかりか、その煙は大気を汚染し、喫煙者以外の人々の健康をも脅かすと信じられているからだ。

しかしこれには、充分な科学的根拠がない。

受動吸引という範囲で言うなら、煙草の煙は大気中の他の物質に比べて極めて希薄で、同室に居る者の健康を著しく害する程の威力は無い。よく風邪をひいている喫煙者の吐く煙は、ウィルスを運ぶと言われる事があるが、ウィルスは煙と一緒に運ばれはしない。

道理で考えて、受動喫煙というモノは存在しないのである。

投票によって公正に選ばれた議員が、皆の理想の社会を実現する為に頭を使い、行動する。その理想の社会が、皆が健康で、快適に生活できる社会である事には、異論の余地がない。

では、煙草の煙はその社会の実現を阻害するだろうか? それを論証し、明解に提示する事をしないで、ただ、「煙草は毒だ。その煙も毒であり、僅かでも吸引すれば病気になる」と多くの人が信じ、偉い学者が言っているから、というだけの理由、更に言うなら、日本は世界に遅れをとっている。先進国各国の主要都市は、全て煙草が吸えなくなっている。というだけの理由で、充分な論証になっているというのだろうか?

皆が健康で、快適に生活できる社会。

東京から煙草が消えることは、それに貢献するだろうか?

私にはそうは思えない。何故なら、喫煙は人間の大切な情緒を担っているからだ。

それを物語っているのは、古いジャズ喫茶だったり、寡黙なマスターのバーだったり、東京という生き物が、戦後を生き抜いて蘇生し、息づいて来たその身体そのものである。都市の、街の、カラダそのものである。そこに居た大勢の人々の姿である。

その街の、染み付いた歴史を鑑みず、何が理想の社会だろうか?

2018.6.27

Still Life with Meerschaum

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